創業明治26年

横浜に店舗を構える牛鍋・しゃぶしゃぶの「じゃのめや」。 横浜の人々をはじめ、遠方からいらっしゃる方や海外の方など、 多くの方々から愛され続けております。 担当の者が目利きで仕入れる肉、 昔から変わらず厳選した野菜やその他食材、 和室の落ち着いた空間、 全てにじゃのめやの伝統と誇りが詰まっています。 その歴史は古く、遡ること明治26年。 横浜の開港とともに始まりました。

大正14年

その歴史は、

先代

長い鎖国時代が終わり、開国がなされ、1859年に横浜港が開港しました。
西洋の文明が入り、制度や習慣が変化する中で、牛の食文化も入ってきました。
突然入ってきた食肉への強い抵抗感を和らげたのが、牛鍋です。
味噌や醤油、砂糖などで煮込むことで日本人の口に合うように調理をし、食文化の一つとして受け入れるようになったのです。
牛鍋が流行り出した頃、千葉に住んでいた山崎繁太郎氏は、父の彦三郎氏とともに横浜へ出向き牛鍋の屋台を始めたのです。

そして、明治26年、繁太郎氏によって、伊勢佐木の地に店舗を構えることとなりました。
その後、120余年この地で愛され続けて参りました。
手法、味付けは当時とほぼ変わる事なく、伝統を守り続けております。
また、当時を思わせる店内はどこか懐かしく、落ち着く空気を感じさせます。

広間

名の由来

「じゃのめや」の由来は諸説あります。
まだ屋台を引いていた頃。
あたりは当時、歓楽街でした。劇場や遊郭が多く、来店する女性が蛇の目の傘を店頭に置いていたのです。
「蛇の目の傘が置いてあるお店」であると周囲に認知され、そのまま「じゃのめや」と名付けられと言われています。
また、「お店を始めたのが巳年であったから」など説はいくつもあり、今では真実はわかりません。あれこれと想像してみるのもまた一つの楽しみ方なのかもしれません。

傘のイラスト

当時から変わらず愛され続けるじゃのめやの牛鍋。
伝統を守り続ける味付けと、食材の仕入れへの厳しい目利きにあります。
特に、要となる肉は担当の者が日々手を抜かず、より良いものを厳選しております。
じゃのめやだからできる味わいを、是非一度お試しください。

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